私たちについて

輸入車の専門家があなたの輸入車購入をサポート

輸入車専門店「ミラノオートサービス」あなたの輸入車購入の疑問や不安を解決します

年間6,000台を超える輸入車を扱うプロフェッショナルが、あなたの輸入車購入の疑問や不安を解決します。良質な輸入車を仕入れ、整備を行ない、あなたにその結果をお伝えします。ご購入頂いてからもあなたのカーアドバイザーとして真摯に対応を行なうことをお約束します。

スタッフより

「ミラノオートサービス株式会社」 代表 野田 拓志

私はこれまで40年に渡り世界各国を飛び回り、最盛期には従業員を30名以上抱えて5万台を超える輸入車をニュージーランドやロシア、アフリカやモンゴルなど、多くの国に輸出をしてきました。

何万台もの輸入車を仕入れて海外へ輸出するのですが、輸出するクルマの中には「海外に輸出するには惜しい」と感じる程度の良い輸入車がたくさんあります。良質な輸入車をリーズナブルな価格で気軽に楽しんで欲しいと思い、長年慣れ親しんだ生まれ故郷の愛媛に「ミラノオートサービス」をオープンして、お買い得で最高な外車を展示販売しています。

ミラノオートサービス株式会社 野田拓志

輸入車ほど、新車価格から値落ちの大きな車、すなわち「お買い得な車」は無いと思います。新車発売当時は500万や1000万するような車でも、年数が経つとリーズナブルな価格に落ち着き、買いやすい金額となります。いわゆる「値落ち」です。しかし、クルマの魅力は変わりません。輸入車の乗り心地、高級感や質感の高さはそのままで、安く手に入れる事ができるようになります。

 

自らが選んだ良質な輸入車をあなたに提供します

「良質な輸入車をリーズナブルに提案すること」

これこそが私の「使命」です。ミラノオートサービスから輸入車を購入していただいたお客さまには、さらに車の楽しさを知っていただき、今までよりも充実したカーライフを送って頂きたいと思っています。

誰でも気軽に遊びに来ていただけるお店を目指しています。ぜひミラノオートサービスで楽しいカーライフを手に入れてください。よろしくお願いします。

スタッフ紹介

家族でミラノオートサービスを切り盛りしています

ミラノオートサービス代表「野田 拓志」
1965年、愛媛県松山市生まれ

幼い頃から本が大好な少年でした。特にライト兄弟の本が好きで「いつか車や飛行機を作りたい」そんな夢を見るくらいにクルマや飛行機に興味がありました。車は「フェラーリ」が大好きで、毎日フェラーリの写真を飽きることなく眺めていました。兵庫県神戸市で学生時代を過ごし、18才でアメリカの大学へ進学したいと渡米。その後はカリフォルニア州立大学に入学してカリフォルニアへ移り住みました。

「真っ赤なディーノ」との出会い

アメリカ在学中には、オーストラリアやカナダ、ニュージーランドな、アメリカ本土やあらゆるところを旅行しました。そんな中、旅行中にガソリンスタンドの空き地で一台の真っ赤なフェラーリ「ディーノ」と出逢います。その車は幼少のころから夢にまで見た憧れのフェラーリで、40年近く経った今でもそのスタイリングやエンジン音がすばらしく「いつかこんなフェラーリを扱う輸入車専門店を作るぞ!」と心に深く刻み、日本に帰国しました。

社名の由来はその時に出会ったフェラーリ「ディーノ」からミラノオートサービスと名付け、学生時代の想いがミラノオートサービスの原点となっています。

 

アメリカ旅行中にフェラーリ「ディーノ」と出逢ったのがきっかけでした

クルマの貿易を開始し一大事業へ成長

アメリカから帰国後の昭和60年、神戸市内で中古車販売販売店ミラノオートサービスをスタート。独立した当時は、昭和から平成に変わった頃で現在とは比較にならないほど景気が良く、仕入れた輸入車は、お店に並べるだけで次から次へと売れていきました。毎月面白いように儲かり、毎日毎日夜の街に飲みに出かけ、豪遊しました。事業は順調に成長し、毎月何十台もの中古車を海外輸出するまでになりました。海外輸出事業も大当たりで、年商は数十億円もの会社に成長、世界を相手に中古車を海外輸出する会社経営をするまでに成長したのです。

ベンツ・BMW・アウディ・ワーゲンなどの欧州車を中心に、ニュージーランドやロシア、カナダ、アイルランド、キプロス、ケニア、ウガンダ、タンザニアなど世界各国30各国以上へ中古車を輸出し、国内でクルマを仕入れては海外に送る、ということを続けて月に100台を超える車を輸出するようになったのです。その後も貿易業務は拡大を続け、いつしか月間300台を超えるクルマを輸出する規模に成長、従業員数も30人を超える会社を経営するようになりました。

 

保証人問題で奈落の底へと転落

会社も年商数十億の企業となり、会社の成長に合わせて個人の収入も増えて順風満帆のようでしたが「好事魔多し」、友人知人にお金を貸して欲しいと懇願されることが多くなり、精神的に疲れる日々が増えてきました。そんなタイミングで、人生のどん底へと突き落とされる事件が起こったのです。

33歳の時の話です。ある日、知人の破産管財人の弁護士からの通達が会社に届きました。それは、その知人が破産したとの連絡でした。連帯保証人だった私の元に、ある日突然数億円の借金が降りかかってきたのです。当時、友人の会社の手形保証人になっていたのです。一緒に飲み歩いた仲間でした。心から信用していたし、まさか自己破産されるとは夢にも思っていませんでした。もう全て失ったと感じました。全身の力が抜け落ち床に崩れ落ちました。頭の中は真っ白で、自殺も考えました。人のことも全く信用出来なくなりました。家も売り払い、全財産をはたいて借金の返済に充てました。それでも3億円の借金が残りました。

 

子供と公園の水を飲んで飢えをしのぎました

当時、私学の小学校に通っていた「最愛の一人娘」も学校を辞めさせました。家族もろとも路頭に迷いました。「路上生活」も経験しました。「お腹すいたよ」とすすり泣く娘と公園の水を飲んで飢えをしのいだこともあります。当時30人以上いた従業員の多くは、そんな私たちの様子を見て去っていきました。当然だと思います。誰が路上生活をする社長の元で働くのでしょうか。これもすべて、調子に乗って毎晩飲み歩き、会社を大きくすることしか考えなかった罰なのです。全てを失った私は、家族以外に信用できる人がいなくなりました。

 

絶望的な私を助けてくれたのは仲間でした

心から信用していた友人の連帯保証人になったおかげで数億円の借金を背負うことになった私ですが、それでもそんな私たち家族を、かつての仲間が助けてくれたのです。輸出する車を探してきてくれたり、お客さまを紹介してくれたり、毎月の返済を少なくしてくれる銀行を紹介してくれたりと、多くの仲間の数えきれないサポートや助けに涙が止まりませんでした。そして必死で中古車輸出を続けながら、少しづつ借金を返済しました。そして、10年かかりましたが、全ての借金を返済することができたのです。

 

輸入車を手に入れ喜んでくれるお客さんの顔が見たい



もちろん、今まで購入取引してくれた世界中のバイヤーには感謝してもしきれません。10年かかって借金を返し終わってからは、アメリカでフェラーリディーノを見た時のような感動や、初めて買ったBMWの喜びや感動を私が体験したように、実際にハンドルを握るお客さまと直接やり取りして、喜んでもらう仕事を人生の最後の仕事にしたいと思ったのです。

 

信頼できる家族とミラノオートサービスを運営しています

プロフェッショナルな輸入車販売店を経営すること

直接、お客さんの顔を見て、お客さんに喜んでもらったり、時にはお客さんのクルマが故障して引き取りに行ったり、そんな、良くある地域密着型の小さな輸入車販売店を経営すること。それが長年の私の夢でした。借金を返し終わってからもさらに輸出業で努力すればそこそこ大きな貿易会社にできたかもしれませんが、年間数千台のクルマを毎月買付船に乗せる事に情熱を注ぐことができませんでした。そう思った時、私はスッパリと輸出業を辞めて生まれ故郷の愛媛に戻ることにしたのです。

1年かけて海外のお客さまと話し合いながら、30年間続けた海外輸出に終止符を打ちました。そして、また一人で、学生の時に夢見た輸入車販売店をスタートすることにしたのです。それが「ミラノオートサービス」の始まりです。

 

お客さんのを顔を見て説明できる喜びを日々感じています

良い車をリーズナブルにご購入頂きたい

現在は、家族だけで小さな輸入車販売店「ミラノオートサービス」を愛媛県西条市で営んでいます。いままで多くのクルマを仕入れてきた経験を活かして、良質な輸入車を仕入れて展示しています。

そして一台一台丁寧に、思いを込めて仕入れ、整備して納車し、お客さまの笑顔を拝見できる事を心から願っています。今ではその夢が叶い、毎日忙しいですがとても充実した日々を過ごしています。お店も自分の貸家を店舗にして、家賃が掛からず、人件費も家族だけで経費の掛からない店づくりを実践しました。そのぶん買取価格や、質の良いお車を提供できるようお客さまに36年間の感謝をこめて還元出来るよう毎日を過ごしています。

 

時間をかけてあなたに説明します

長年の中古車選びの経験を活かし「妥協しない仕入れ」が真髄です。納車の時にお客さまから笑顔で「ありがとう!」と言われる車屋さんを目指しています。「ここまでやるの?」って言うくらい徹底整備して納車させて頂きます。今まで何十年と自動車に関わってきましたが、いまはお客さんの顔が見えるクルマの商売ができていることに感謝しつつ、家族でミラノオートサービスを経営しています。

そんな小さな家族経営の輸入車専門店ミラノオートサービスですが、当店のクルマに興味をもって頂いた方は、一緒にクルマのことについてお話しませんか?きっと、私のことをご理解頂けると信じています。

 

ミラノオートサービス 「野田 裕理」

波乱万丈な人生を送ってきた夫を家族で支えています

こんにちは。家内の裕理です。私のモットーは「笑顔で暮らす」です。正直私たち夫婦の人生は「ジェットコースターより酷いモノ!」自信あります。しかし夫はいつまで経っても気もちは子供のままです。自分のやりたいことだけを無我夢中でやり、家族のことなどお構いなしでした。正直私は心の中で「コラっ!いいかげんにしろ!」って何百回も叫んでいました。それでも夫は夜になったら「今日お客さんから喜びの電話あったんだよ!」ってそんな話で夜が更けていきます。夫は「人がお金も運んでくるんだよ。人を大切にして相手の喜びを自分の喜びに変えよう!」っていつも話すその言葉が私は大好きです。

少し余談ですが私は学生時代、音大に通っており、その時習った「バガルーナ」というクラッシック曲が大好きです。バガルーナ曲の歌詞の内容は、「男が月で女は太陽、つまり女の人がどんな時も男の人を照らし続ける」と言った意味です。私も陰からミラノオートサービスをこの歌の歌詞のように、明るく照らし続けたい!と願っています。私が駅までお迎えに上がりますので「ゆうちゃん」てお声がけ下さい!是非お会いできることを楽しみにしております。

ミラノオートサービス 「野田 菜月」

父と一緒にあなたのクルマ選びをサポートします

ミラノオートサービスで働く前は、8年の間、関西のアパレル会社でデザイナーとして働いていました。アパレル会社に就職する時には、何度も父から一緒に車の貿易をやらないか?と言われましたが、私は服や靴に興味があったので「車の仕事なんて絶対にやらない!」と強く言い返しました。それでも不思議なことに、時間と共に父が無我夢中になって車を探して全国を飛び回る姿をみて凄いなって思いました。それは父が好きな事に没頭している姿に羨ましく感じたからだと思います。

そこでいつも父が言っている「人と人との繋がりの中で商売は成り立つ」その言葉が頭から離れず、愛媛に帰る事を決断しました。そして今度は私なりに「お客さまの喜んでくれる事をたくさんやろう、お客さまから喜んで頂ける事を考えよう」って思えるようになりました。そしてミラノオートサービスを父を支えて行こうと心底思っています。まだまだ未熟ですが、精一杯頑張りますので「なっち!」って呼んで下さい。お待ちしております!

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